禍福あざなえる縄のごとし・・・・

福島新潟集中豪雨  2011年7月31日    阿賀野川氾濫後の館内の様子

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福島新潟集中豪雨からもうすぐ6年、阿賀野川の堤防も完成した。 水が引いた後に腰まで泥に浸かりながら一歩一歩ようやく旅館に辿りついた時の光景は、今でも目に焼き付いてい る。 一階部分の窓、ドアはすべて破壊され、床には泥が膝まで溜まっている。 川側の壁は崩れている。 電気・給水・調理・通信・消防設備は全てガラクタで、3台あったポンプも作動しない。水も出ないので何も出来な い。 調理場の冷蔵庫が倒れ中の悪臭が酷く、今でも食品が腐った匂いを嗅ぐとこの光景が蘇る。 薄暗い廃墟をさ まよっているようで、自分の旅館だとは思えなかった。 この時から座右の銘は「人間万時塞翁が馬」「禍福あざ なえる縄の如し」である。 商売をして上手くいった事は一度もなかったが、この災によって経営者として一皮剥け たような気がする。 復興の過程で多くの人に助けられ、初めて自分は商売をしているのでなく、商売をさせて頂い ていることに気が付いた。 どんなに貧しくても感謝する気持ちを持てたら、商売も楽しく考えられ、生きたお 金の使い方も少しはわかってきた。 どんなにピンチでも、そこには多くのチャンスの芽がある。 逆になんでもうまくいって成功しているように見えても、そこには転落する芽がたくさんある。 宝くじ高額当選者は破産する確率が一般人より高いのである。 百戦錬磨とは生き方、考え方で成し得るものである。

旅館業界の風雲児 星野佳路氏も「調子がいい時は最悪の事態を考える時 調子が悪いときは夢を持つ時」と言っている。 家のチャイムも「びんぼう びんぼう」と聞こえるほど長年貧乏神に憑りつかれた私は、この時、貧乏神と福の神は同じ神様である事に気付いた。 水害の後、旅館再開の為の建築修繕の見積りを数社の建築会社に依頼したら3,400万円の見積りが一番安かったのである。 これに対して損害保険の手当は1,600万円である。 他にボイラー設備、調理器具一式、調理設備、電話交換機、カラオケ設備、ポンプ設備が必要となる。 2,500万円程不足である上、休業期間の従業員人件費が必要である。 私は半ば再開をあきらめ、意気消沈した。 それでも毎朝、多くのボランティアが集まって黙々と仕事をしてくれる。 夏の日差しが特に強いある朝、ボランティアのみなさんに冷たいお茶を配って休憩をお願いした。 これで旅館が再開出来なかったら申し訳ないと思った。 60歳位の初老の男性から声を掛けられた「ここが辛抱、頑張って早く再開して下さい。 私は福島から新潟に震災で避難して来ました。 福島では水産関係の会社を営んでましたが津波で自宅も会社も失いました。 新潟の人たちから助けられて五泉でお世話になってます。 その恩返しでやって来ました」 返す言葉が見つからないとは、この事である。 心の底から自分の甘えに反省した。 ただただ黙って涙が出てきた。 どれほど困難でも「かならず 再開する」と心の底から決意した。 後に、知り合いの大工さんから材料を 揃えてくれれば手弁当で直すよと声を掛けられた。 ここから大工、板金職人、内装職人、土木職人が集まって改築工事が始まった。 私は工事の段取りと資材集めの為、毎朝トラックを借りて資材センターに買い出しに走った。  いつの間にか建築会社のような組織になっていた。 効果的に資金を活用出来てなんとか再開に漕ぎつけた。 まさに多くの人に助けられたのである。 再開して最初のお客様を迎えた時に、従業員とともに感謝の気持ちと、お客様 から戴けるお金のありがたさを身に染みて感じた。 どんな状況でも「言い訳はしない」と決めた。 自分のやりたい事があれば「お金が無いから出来ない」は言い訳である。 「困難には正面から正々堂々と立ち向かう」と決めた。 様々な局面で考え方が変わった。 商売である以上、利益を出して従業員、取引先、お客様に感謝されるようになるのは 義務である。 どうやって商売をするのかでは無く、自分がどうありたいかである。 理念、あり方への思いを強く心に刻まなければならない。 そうすればどうやるかの方法が見えてくる、周りの人たちも協力してくれる。  貧乏神はまさに多くの事を教えてくれる福の神であった。

 

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